2005/04/08

田んぼで考えたこと(その8)

人と自然の輝くまち (1998年1月中国新聞・緑地帯)

 我が町(旧御調町)に二つあるキャッチフレーズのひとつが「人と自然が輝く町」だ。

 町は都市化されておらず一見自然は豊かそうに見える。だが、農林業の衰退、過疎化や減反により山は荒れ、耕作放棄された農地が増えた。水田の基盤整備や河川整備にともなう小川や川のコンクリート化も進み、多くの生き物が棲家を追われた。

 農薬の害も否定できない。現在では害虫以外の生き物は殺さないという農薬も出ているが、過去において使用禁止になった毒性の強い農薬は害虫だけでなく多くの生き物を殺した。

 田んぼや周囲の水路を棲家とする馴染みの深かったタガメ、ゲンゴロウ、メダカ、タナゴ、ドジョウなど、水辺の生き物はめっきり少なくなった。

 幸か不幸か私の家の田んぼは基盤整備されておらず水路も石積みという昔のままだ。毎年五月下旬になると平家ボタルがひそやかな光を放ち田んぼの周りを舞う。水路を覗くと水底で平家ボタルの幼虫が夜空の星座のように光る。

 近くの川には赤い顔をしたハト程の大きさの水鳥・バンのつがいが住み着いている。五月になるとカルガモの親子連れを見ることもできる。

 しかし、それのもあとわずかかもしれない。河川改修工事が始まり、葦原が取り除かれ護岸も整備されるようだ。

 快適な暮らしを求めることと自然の輝きを守り育てることを両立させるのは大変なことだが、昔から日本人は自然とうまく付き合い日本特有の美しい自然を作り上げた。

 もう時期迎える二十一世紀は環境の時代、共生の時代といわれる。昔に学び現代の知見をもって、農業も自然も、そして私たち人も輝くようにしたいものだ。

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田んぼで考えたこと(その7)

アウトドア (1998年中国新聞・緑地帯)

 たくさんの人が行楽に出かけるゴールデンウィークだが、私も含め多くの兼業農家にとっては農業ウィークとなる。

 我が家でも種籾を播いたり田んぼを耕し5月下旬の田植えに備える。また、例年この連休が田植え時季となる上下の母の里へ手伝いに行く。母の里での私の仕事は、田植機の植え残しを手で植えることだ。

 昨年も手伝ったが、水の張られた田んぼには、早くもお馴染みの生き物たちが住み着いていた。カエル、カエルの卵、オタマジャクシ、イモリ、ヒル、ミズカマキリ、タイコウチ、ガムシたちだ。木々の若芽はまだ色淡く、御調町と比べると季節の歩みは遅いようだが、田植えが早いことで水辺の生き物たちは御調町より一足早く春を迎えていた。

 国道沿いの田んぼからは、ルーフキャリアに荷物を積んだ車が目に付いた。きっとキャンプにでも行くのだろう。
学生時代は山岳部に属し卒業後はカヌーもはじめた私もアウトドア派だが、「同じ休みなのにずいぶん違うもんだ」と思いながら田植えを続けた。

 田植えの経験のある方はご存じだろうが、一日続けると腰は痛くなるし、足はだるくなる。手植えの田植えは辛い作業だ。それでも、田んぼから田んぼへの移動の合間をぬってゼンマイ採りやタラノメ採りをすることもできたし、畦道のムラサキサギゴケをはじめ、春の草花を楽しむこともできた。タラノメは時季を失していたので少ししか採れなかったが、ゼンマイはたくさんの収穫があった。

 朝9時半から始めた田植えを終えたのは7時前だった。腰がずいぶん痛んだが、風呂上がりに飲むビールは格別で痛みも忘れるほどだった。

 自然を楽しむにはキャンプもいいけれど野良仕事も悪くない。

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田んぼで考えたこと(その6)

合鴨水稲同時作 (1998年1月中国新聞・緑地帯)

 今、我が家の休耕田には二十数羽の合鴨がいる。

 6月から8月まで田んぼで草取りと虫取りに活躍し、稲の肥料として糞を供給してくれた米の無農薬有機栽培の立役者だ。

 彼らは、今年も稲が田んぼに植えられるまで待機しているのかというとそうではない。

 除草のためには田植え後1週間ぐらいまでに1反の田んぼに十五羽から二十羽の合鴨を田んぼに入れてやる。そうしないと、合鴨が食べないヒエなどのイネ科の雑草を抑えることができないからだ。田植え一週間といえば稲はまだ小さくて、大きくなった合鴨は苗を潰してしまうから、田んぼに入れるのは毎年生後約2週間の雛だ。

 では田んぼでの役目を終えた合鴨はどうなるかというと、肉になる。

 「まあ残酷な。田んぼでさんざん働かせておいて」と思われるかもしれないが、しかたがない。そうしないと、毎年合鴨は増え続けてしまう。田んぼにいるうちは虫や草を食っているから、餌をほとんど与える必要がないが、田んぼから引き上げたらそうはいかない。飼う場所にも困る。川に逃がすと野生のマガモと交雑して、自然のしくみを壊すことにもなる。

 だからといって可愛くないわけではない。畜産農家が愛情をもって家畜を育てているのと同様に、生まれたばかりの雛の時から大事に育ててきた。

 そもそも合鴨農法として知られるこの農法の正式名称は「合鴨水稲同時作」だ。合鴨はペットではない。人の食料となる鶏や豚や牛と同じ家畜であり、田んぼは放牧場だ。

 とはいいつつも、いつも年なら自分の手で肉にして鴨鍋やタタキ我が家の食卓を飾って、今シーズンはまだ一羽も食べていない。

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田んぼで考えたこと(その5)

たんぼでがんぼー (1998年1月中国新聞・緑地帯) 

 減農薬研究会は一九九〇年から毎年二回、六月と十月に生産者と消費者の交流会を兼ねて「たんぼでがんぼー」と銘打った農業体験イベントをしている。六月には田植え、サツマイモの植付け、牛の代かき、十月は稲刈りと芋掘りを体験してもらう。あわせて農業や生き物の専門家を招いてミニ講義を開いたり、田んぼの周辺で植物や昆虫、水辺の生き物などの自然観察会も開いている。

 愛媛大学農学部助教授である農林生態学者の日鷹さんも講師の一人だ。田んぼの生き物の話は参加した子供たちから好評で、日鷹さんは「虫博士」として子供たちから尊敬され慕われている。

 「たんぼでがんぼー」は、その名のとおり農作業を体験するだけではなく、子供たちにガンボウ(広島の方言でわんぱくのこと)してもいいから田んぼで農業や田舎の自然を楽しんでもらおうという趣旨のイベントだ。

 メイン行事は田植えや稲刈りだが、街からやって来る子供たちのお目当ては農作業なんかではなくて田んぼや小川の生き物だ。

 会場の公民館に着くやいなや虫取り網とバケツを持ち出し田んぼに繰り出す。田んぼや水路ではオタマジャクシやカブトエビを見つけて喜んでいる。彼らのバケツにはタニシ、ドジョウ、カエル、タイコウチ、赤トンボやシオカラトンボのヤゴ、コブナが入っていく。中にはヘビまで捕まえる剛の者もいて一緒に参加した親を困らせる。

 都会で育った日鷹さんは言う。「子供たちにとって日常的に自然とふれあうことができないことは不幸なことだ」と。

 昔と比べると貧しくなったが、身近にあるありふれた自然の価値を、たんぼでがんぼーに参加した子供たちは教えてくれる。

 そして、自然は農業のありようで豊かにもなれば貧しくもなる。

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田んぼで考えたこと(その4)

農家の思いを伝える (1998年1月中国新聞・緑地帯)

 減農薬稲作を始めるまでは農協へ出荷するだけだった私たちは、会が発足した翌年一九八九年から会員の生産しいた米を年間契約した消費者の家庭に農協を通じて届けている。

 しかし、数ある減農薬米、低農薬米、有機米、無農薬米の中で自分たちの米を買ってもらうためには、ただ「農薬の使用を控えた安全な米」をPRするだけでは私たちの米を選んではもらえない。農薬の使用量が多い少ないとか、値段が高い安いとか、味の良し悪しで米というモノだけを比較されてしまっては競争に勝てない。極端に言えば、乾燥した気候で病害虫の発生が少なく、大規模化され低コスト稲作ができるアメリカでコシヒカリのような旨いコメを作られると勝ち目はないということだ。

 だが、田んぼには米を生産するだけでなく、金にはならないけれど国土の保全や地下水の涵養といった環境を保全する機能がある。田んぼは赤トンボをはじめ私たちが子供の頃から慣れ親しんだたくさんの生き物を育んできた。また、黄金色に実った田んぼと赤トンボの舞う秋の風景が亡くなってもいいとは日本人の誰もが思わないだろう。

 身近なところで農家が農薬に頼らず米を作る努力をすること、消費者がその米を食べることは、農家や消費者の健康を守るだけではなく、食べ物と同様に私たちの暮らしに欠かすことのできない身近な自然や日本人にとって大切なものをを守ることでもある。

 しかし、スーパーマーケットの棚に並んだ米は、そんな作り手の思いを伝えてはくれない。

 私たちは、米の産直を始めた翌年から、イネづくり体験イベント「たんぼでがんぼー」を開催し、会の活動や農業のことを記事にした情報紙「おなかま通信」を毎月配達する米に添えるている。

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田んぼで考えたこと(その3)

害虫を生かす (1998年1月中国新聞・緑地帯原稿)

 ウンカは稲の代表的な害虫だ。体は米粒ほどだがセミの仲間で背白ウンカ、鳶色ウンカ、姫鳶ウンカの3種類が稲の害虫だ。

 姫鳶ウンカは純国産だが大発生することはなく、被害が問題となるのは毎年梅雨時季にはるばる中国から低気圧にのってやって来る他の2種類だ。

 背白ウンカも鳶色ウンカも肥料の良く効いた青々とした田んぼに好んで降りてきて、稲の茎に卵を産みつける。卵は一週間ほどで孵化し幼虫が生まれる

 いずれのウンカも餌にしているのは稲の汁で、増えすぎると葉は枯れ、米粒が変色したり薄くなったりして減収する。特に恐いのは秋ウンカのほうで、収穫前の稲を株ごと枯らしてしまうことともある。

 しかし、自然のしくみは良くできていて、年によって飛来数も違うし毎年被害が出るほどウンカが増えるわけではない。

 ウンカとともに中国から飛んで来るカマキリのような前足をもつ鎌蜂、背中に子供を背負って子育てをする子守蜘蛛など、ウンカの天敵も田んぼの住人だ。
 
 基盤整備が進み今では少なくなったウンカ糸片虫も天敵だ。我が家の田んぼでもお腹が大きくなったウンカを潰すと彼らにお目にかかれる。2~3センチの白い糸のような小さな生き物で、成虫は田んぼの土の中で暮らしているが、幼虫時代はウンカに寄生して成長する。寄生されたウンカの雌は産卵数が減ったり不妊症となり、成長したウンカ糸片虫が脱出するときに死んでしまう。

 しかし、下手に農薬を使ってしまうと天敵を殺してしまったり、仮にそれが天敵には効かないものでも、餌である害虫がいなってしまっては天敵も生きてはいけないし数も減ってしまう。

 害虫もうまく生かし、天敵がたくさん住む田んぼにすることが農薬を減らすことになる。

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田んぼで考えたこと(その2)

虫見板 (1998年1月中国新聞・緑地帯原稿)

 減農薬稲作には田んぼの観察が欠かせない。その道具が虫見板だ。
 虫見板は下敷きのようなA4版大のプラスチック製の板だ。水田の害虫はもちろんのこと益虫、益虫でも害虫でもないただの虫などのイラストや農薬散布のめやすが書いてある。

 これを稲の株元にあてがい、稲株を叩いて虫を虫見板の上に落として観察する。虫見板の上に落ちた虫の種類や数、生育状況を調べて農薬散布が必要かどうかの判断をする。しかし、これを独学でやるとなると難しい。例えば害虫であるウンカは3種類いるが、生まれたばかりの幼虫から成虫まで全て見分けられるようになるには、その場でよく知った人教えてもらわないと難しい。

 しかし、農家や農協の職員でも知っている人は少ないし、必ずしも県の農業改良普及員なら誰でも分かっているというわけでもない。

 県では病害虫の防除基準を毎年発行し行政機関や農協に配布している。そこにはどのくらい害虫がいれば、どの程度病気が

 発生していれば農薬を使ったらいいかということが記載されている。しかし現場では農薬ふる 指導はあっても使わせない指導にはなかなかお目にかからない。

 幸い、我が町に駐在していた農業改良普及員の沖田さんや、彼の紹介で御調町に住み研究会のメンバー兼アドバイザーだった農林生態学を専攻し自然農法や有機農法に詳しい日鷹一雅さんという良き指導者に恵まれ、従来の農薬散布の無駄に気づき農薬を減らす術を学ぶことができた。また、日鷹さんの著書である「田の虫図鑑」にもあるとおり、田んぼは、害虫・益虫・どちらにも属さないただの虫など多くの生き物を育んでいることに気づくことができたのは大きな収穫だった。

 虫見板は小さなプラスチックの板だが、そこから豊かな田んぼや身近な自然が、新しい農業の姿が見えてくる。

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田んぼで考えたこと(その1)

減農薬のイネつくり (1998年1月中国新聞・緑地帯原稿)

 十年ほど前、福岡県で始まった減農薬運動に共鳴した御調町駐在の農業改良普及員沖田さんは、福岡県での取り組みに習って農協の稲作講習会で農薬散布実態調査を行った。調査結果からは、受講者のおよそ3割が農薬散布後の体の異常を経験していることがわかった。

 その沖田さんの呼びかけで5人の農家と役場や農協の職員が集まり、農家自身の健康を守るために、自然のしくみを生かし農薬に頼らない稲作りを目指して御調町減農薬研究会は発足した。  

 私自身も農協に勤める兼業農家だが、兼業化が進み農家は米作りに手がかけられなくなって、今でも病気や害虫の発生を確かめることなく栽培マニュアルに従って農薬を散布しているのが実態だ。
 
手がかけられない分、昔より散布回数は減ったともいわれるが、複数の病害虫に効くように何種類もの農薬を混ぜあわせた農薬や、長い期間効果が持続する農薬を使うようになったから回数が減っただけで、必要以上の農薬が使用されているという点は変わっていない。

 また、農薬は使わずに済ませたいと誰もが感じていても、農薬を使わない農業することは病虫害に悩まされ雑草と格闘した苦しい昔に帰ることであり、受け入れがたいことだ。
 
 しかし、減農薬のイネつくりは、田んぼを観察する少しの手間と、今まで行なっていた農薬散布を一回でも試しにやめてみる少しの勇気と経験を積めば誰もが取り組むことができる。

 茶碗にカメムシの被害粒である黒い米粒がすう粒混ざっていても気にしないという消費者がいればなお心強い。
私たちは九州の農家が考え出した田んぼの中の害虫や天敵を観察する道具・虫見板と消費者の応援を得て、無駄な農薬の散布をを減らしていった。

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